

2028年春、誕生!
(仮称)羽田空港公園

羽田空港エリアに新たなわくわく




写真でみる工事進捗
photo

コンセプト
concept
HANEDA”えん”PARK
~いにしえと今、そして未来を “えん” でつなぐ~
全ての人々が憩い、遊び、集い、そして新たな自分に出会うことができる公園
こ の公園を訪れる人は、こどもから大人まで空・緑・水などの自然、
移ろう季節はもちろん、多様な文化、まちの歴史、先端技術に触れることができます
そして、公園から出る時には、それらに触発されて生まれた
つながりや新たな自分に気づきます

地域住民・団体との“縁”
縁
円
つながりを生み出す“円”

「3つの“えん”」で未来へつなぐ新しい公園
成長を続けるみんなの“園”
園




歴史紹介
history introduction

歌川広重『江戸近郊八景・羽根田落雁』 大田区立郷土博物館蔵
江戸中期~後期
(1690~1860年頃)
羽田の地は、もともと多摩川の河口に広がる干潟の漁村で、江戸時代には「羽田浦」と呼ばれ、漁業が盛んでした。

玉井式2号機 初飛行(大正5年10月5日) 大田区立郷土博物館蔵
明治初期~対象
(1867~1920年代)
穴守稲荷神社周辺には土産物屋や料亭、旅館が立ち並び、多くの参拝客や観光客で賑わっていたといわれています。この頃から、広大な敷地を活かした羽田運動場の整備も進められました。

羽田穴守海水浴場 大田区立郷土博物館蔵
昭和初期~昭和20年
(1930年代~1945年)
穴守稲荷神社や飛行場以外にも、羽田には多彩な娯楽が集まっていました。昭和7年(1932年)には屋外の海水プールも整備されました。

海苔乾し(昭和31年)横山宗一郎氏撮影 大田区立郷土博物館蔵
昭和20年~30年代
(1945年~1950年代)
昭和20年(1945年)、羽田の土地は連合国軍に接収され、旧三町の住民は短期間で退去することとなりました。その後建設された「ハネダエアベース」の一方で、周辺の海や川では漁業が営まれ、豊かな自然と暮らしの風景が広がっていました。
















